震災のあの日から8年 

間もなく震災から8年が経ちます、友人のご主人は今もどこにいるのか分からないままです。小さな手がかりでもあったらと思います。震災後、いてもたってもいられず友人の看護師や保健師たちと行きのガソリンだけ入れて、大船渡にケアに参りました。街の変わり様は映画でも見ているかと思うほどで、どうしても現実として捉えられ無い!

避難所に行ってケアをさせて頂く、何がどうなっているのか事情がつかめない。お手洗いは水が出ないから使った紙をビニールに入れる、凄い匂いがする。着の身着のままで逃げてらしたから着替えが無い、お風呂もない、病気の方はお薬もない。亡くなった方の葬儀もできない。

最初は個人で活動しておりましたが、いとこが「ボランティア団体を作ろう」と提案してくれた。「ケアボランティア団体みっこ倶楽部」として県の助成金を頂き、岩手、八戸、仙台、東京とケアの専門家(精神科医、看護師、マッサージ師、ピアニスト、楽健法プラクティショナー、レイキヒーラー等)が集まってくれて毎月宮古市田老にボランティアに参りました。

岩手盛岡癒し空間ソアンレイキ

知り合いの社長さんがお布団や下着をくださり、東京の「クッキングハウス」からは、ご自分のおこずかいからユニクロのシャツや冬物のコートを段ボール箱5つも送ってくださった。

ボランティアに行って帰ってくると、いつも泣いていました、涙があふれた。胸が苦しかった。小さいお子さんをしっかり抱いて亡くなったお母さん、人が流されていくのを見ているだけで何もできなかったと自分を責めている方。

家も車も汚物も油もヘドロも何もかも一緒に流れてくる。あの日は雪がチラチラと振っていたのに私が大船渡に行った時には青空がまぶしい程、それがまた酷く哀しい。

水が出た!命だと思った。電気が灯った!希望だと思った。私たちはこれから何ができますか?
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